2014年01月10日
親と子・・・号泣(涙)
◆子供たちに伝えること
開業が決まって昨年末から、お世話になった友人や周りの方に、
宮田村を離れなくてはならない事を、徐々にお伝えしてきました。
その場に子供たちがいた場面もありました。
長男の巌士郎は、もう5歳です。
彼は彼なりに何か感じることがあったと思います。
もしかしたら、もう気が付いていたかもしれません。
私たちは、子供たちにもちゃんと伝えなければならないと、
夫婦で考えて、先日家族の時間を設けて話をしました。
私は戸惑いました。
どう伝えればいいのか?
悲しむのではないか?
嫌だと言って泣いてしまうのではないか?
親の都合で、住む場所を変えられて、
今までの友達と離れて暮らす新しい生活。
ましてや、一番仲良くしていた妻の姉夫妻の子供(従兄妹)とも、
毎日は会えなくなってしまいます。
それでもいつかは伝えなくてはなりません。
私は、正直に子供たちと向き合うことにしたのです。
◆親と子
父 「みんなに今日は大事な話があるんだ。お父さんはね、おそばを作る仕事をしてるのは知ってるよね?」
巌士郎 「うん!お父さんのおそば大好きだもん!」
父 「お父さんは、もっともっとおそばをたくさん打って、色んな人に喜んでもらえるように、今度おそば屋さんを始めようと思うんだ。そしたら、巌ちゃんにもそば打ちが教えられるし、毎日おそばも食べられるよ!」
巌士郎 「うん!お父さんを応援しているよ!巌ちゃんおそば大好きだからさー!」
父 「・・・おそば屋さんの場所なんだけどさ。どこだか分かるかな?」
巌士郎 「この前、ばーば(義母)と見に行った所でしょ?」
父 「やっぱり分かってたか(笑)そうなんだよ。あそこに家族みんなで住むんだけど、どうかな?お父さんとお母さんと巌ちゃんと、ちいちゃんと、さわちゃんと5人で住むの。」
巌士郎 「ばーばとアッキー(義父)は?ひーくん(従兄)にも会えないの?」
父 「そうなんだよ。今までよりは、なかなか会えないかもしれない・・・。でも、お父さんもお母さんもみんなが寂しくないように、今まで以上に一緒にいる時間を作るからさ。」
巌士郎 「寂しいよー!イヤだよー!みんなと一緒がいいもん!(号泣)」
千珠 「一緒がいいよー!(号泣)」
紗和子 「うえーーーん(号泣)」
父 母 「・・・(号泣)」
やはり想像していた通りでした。
子供心に、みんなと離れる寂しさが分かっていました。
それはそうですよね・・・。
近くにお義父さんとお義母さん、それに同世代の従兄妹がいて、
毎日一緒で楽しくないわけがありません。
保育園だって、ずっと通っていたし、楽しい話もたくさんしてくれました。
それだけ、友達にも恵まれていました。
私たちは、山形村に行くまでの間、どう子供たちと向き合っていけるかな。
一先ず、子供たちに話をすることが出来ました。
次の日からは、何事もなかったように接してくれています。
でも、もうちゃんと分かっているはずです。
今は、とにかく子供たちとの時間も大切に過ごしていきたいです。
追伸:
転勤などが多い方にお聞きしたいです。
住む場所を離れなければならなくなった時、
子供たちに、いつもどんな話をしていますか?
まだまだ未熟な夫婦です。
どんな話でもかまいませんので教えて下さい。
巌士郎が今年の4月から年長組です。
小学校に入学前だったことが、唯一の救いです。
長男の巌士郎は、5歳になりました。
運動が好きで、いつも外を飛び回っています。
長女の千珠は、おしゃべり大好き3歳です。この春からは年少さんに入園です。
運動もさることながら、歌うことが大好きでいつも歌ってばかりです。
次女の紗和子は、もうすぐ1歳です。
今のところ名前の通りほんわかしています。今のところ・・・(笑)
この一年で、山形村に新しいお友達が出来ることを願っています。
ちょっとやんちゃな子供たちですが、とても優しく元気がいいのがとりえです。
山形村の皆さん、松本の皆さん、どうか子供たちをよろしくお願いします!

開業が決まって昨年末から、お世話になった友人や周りの方に、
宮田村を離れなくてはならない事を、徐々にお伝えしてきました。
その場に子供たちがいた場面もありました。
長男の巌士郎は、もう5歳です。
彼は彼なりに何か感じることがあったと思います。
もしかしたら、もう気が付いていたかもしれません。
私たちは、子供たちにもちゃんと伝えなければならないと、
夫婦で考えて、先日家族の時間を設けて話をしました。
私は戸惑いました。
どう伝えればいいのか?
悲しむのではないか?
嫌だと言って泣いてしまうのではないか?
親の都合で、住む場所を変えられて、
今までの友達と離れて暮らす新しい生活。
ましてや、一番仲良くしていた妻の姉夫妻の子供(従兄妹)とも、
毎日は会えなくなってしまいます。
それでもいつかは伝えなくてはなりません。
私は、正直に子供たちと向き合うことにしたのです。
◆親と子
父 「みんなに今日は大事な話があるんだ。お父さんはね、おそばを作る仕事をしてるのは知ってるよね?」
巌士郎 「うん!お父さんのおそば大好きだもん!」
父 「お父さんは、もっともっとおそばをたくさん打って、色んな人に喜んでもらえるように、今度おそば屋さんを始めようと思うんだ。そしたら、巌ちゃんにもそば打ちが教えられるし、毎日おそばも食べられるよ!」
巌士郎 「うん!お父さんを応援しているよ!巌ちゃんおそば大好きだからさー!」
父 「・・・おそば屋さんの場所なんだけどさ。どこだか分かるかな?」
巌士郎 「この前、ばーば(義母)と見に行った所でしょ?」
父 「やっぱり分かってたか(笑)そうなんだよ。あそこに家族みんなで住むんだけど、どうかな?お父さんとお母さんと巌ちゃんと、ちいちゃんと、さわちゃんと5人で住むの。」
巌士郎 「ばーばとアッキー(義父)は?ひーくん(従兄)にも会えないの?」
父 「そうなんだよ。今までよりは、なかなか会えないかもしれない・・・。でも、お父さんもお母さんもみんなが寂しくないように、今まで以上に一緒にいる時間を作るからさ。」
巌士郎 「寂しいよー!イヤだよー!みんなと一緒がいいもん!(号泣)」
千珠 「一緒がいいよー!(号泣)」
紗和子 「うえーーーん(号泣)」
父 母 「・・・(号泣)」
やはり想像していた通りでした。
子供心に、みんなと離れる寂しさが分かっていました。
それはそうですよね・・・。
近くにお義父さんとお義母さん、それに同世代の従兄妹がいて、
毎日一緒で楽しくないわけがありません。
保育園だって、ずっと通っていたし、楽しい話もたくさんしてくれました。
それだけ、友達にも恵まれていました。
私たちは、山形村に行くまでの間、どう子供たちと向き合っていけるかな。
一先ず、子供たちに話をすることが出来ました。
次の日からは、何事もなかったように接してくれています。
でも、もうちゃんと分かっているはずです。
今は、とにかく子供たちとの時間も大切に過ごしていきたいです。
追伸:
転勤などが多い方にお聞きしたいです。
住む場所を離れなければならなくなった時、
子供たちに、いつもどんな話をしていますか?
まだまだ未熟な夫婦です。
どんな話でもかまいませんので教えて下さい。
巌士郎が今年の4月から年長組です。
小学校に入学前だったことが、唯一の救いです。
長男の巌士郎は、5歳になりました。
運動が好きで、いつも外を飛び回っています。
長女の千珠は、おしゃべり大好き3歳です。この春からは年少さんに入園です。
運動もさることながら、歌うことが大好きでいつも歌ってばかりです。
次女の紗和子は、もうすぐ1歳です。
今のところ名前の通りほんわかしています。今のところ・・・(笑)
この一年で、山形村に新しいお友達が出来ることを願っています。
ちょっとやんちゃな子供たちですが、とても優しく元気がいいのがとりえです。
山形村の皆さん、松本の皆さん、どうか子供たちをよろしくお願いします!
Posted by カズキ at 12:00│Comments(2)
│家族
この記事へのコメント
私は卒園式の前に引っ越しになりました。
だから幼稚園のアルバムがないんです。
当時の私は、階段のあるお家に住みたいと言っていたので
引っ越しすることになった時に、凄く寂しかったと同時に、そう言っていた手前、一生懸命選んでくれたお家なんだなと思って親に言えませんでした。
新しい環境になっても、そこが楽しい居場所になりました。
だけど、やっぱり自分が生まれ育った環境は大好きで、懐かしく大切な場所です。
私は親から
「○○はどこへ行ってもやって行けるよ、生きていけるよ」と言われて育ちました。
何を根拠にか、それだけの力があると言われていたので、とても嬉しくも自信にも繋がった言葉で、その言葉は今も私を支えてくれています。
実際は成人してからいろいろあるけれども 笑
根底にそんな思いがあると強くいられるんですよね。
引っ越しは、新しい仲間づくりができ、楽しい環境もあるとわかれば、自分はどこへ行ってもやって行けるって自信がつくいい機械だと思いますよ。
私は何が寂しかったというと、元の環境での友達関係がそこで途切れてしまったことです。
子どもというのは良くも良くなくも、目の前のことに目が行く。
未来に向かっているから、過去を深く見つめないんです。
実は私は、今でもその仲間を探しています。
離れても、親がしっかり関係を繋いでいたら大丈夫ですよ☆
たまに戻ったりしながら
あぁ、変わらずこの環境があって、連れて来てももらえるし、来てもくれるんだなってわかれば、大丈夫ですよ。
両親が一生懸命考えて選んでいたことは、子どもはわかります。
私も今年は子どもと共に退園を予定しているので、お気持ちがとてもわかります。
応援しています!
だから幼稚園のアルバムがないんです。
当時の私は、階段のあるお家に住みたいと言っていたので
引っ越しすることになった時に、凄く寂しかったと同時に、そう言っていた手前、一生懸命選んでくれたお家なんだなと思って親に言えませんでした。
新しい環境になっても、そこが楽しい居場所になりました。
だけど、やっぱり自分が生まれ育った環境は大好きで、懐かしく大切な場所です。
私は親から
「○○はどこへ行ってもやって行けるよ、生きていけるよ」と言われて育ちました。
何を根拠にか、それだけの力があると言われていたので、とても嬉しくも自信にも繋がった言葉で、その言葉は今も私を支えてくれています。
実際は成人してからいろいろあるけれども 笑
根底にそんな思いがあると強くいられるんですよね。
引っ越しは、新しい仲間づくりができ、楽しい環境もあるとわかれば、自分はどこへ行ってもやって行けるって自信がつくいい機械だと思いますよ。
私は何が寂しかったというと、元の環境での友達関係がそこで途切れてしまったことです。
子どもというのは良くも良くなくも、目の前のことに目が行く。
未来に向かっているから、過去を深く見つめないんです。
実は私は、今でもその仲間を探しています。
離れても、親がしっかり関係を繋いでいたら大丈夫ですよ☆
たまに戻ったりしながら
あぁ、変わらずこの環境があって、連れて来てももらえるし、来てもくれるんだなってわかれば、大丈夫ですよ。
両親が一生懸命考えて選んでいたことは、子どもはわかります。
私も今年は子どもと共に退園を予定しているので、お気持ちがとてもわかります。
応援しています!
Posted by Facebookname yumiko… at 2014年01月11日 12:42
Yumikoさん
コメントありがとうございます m(_ _)m
これもまた経験ですね。何処でも生きていける。
それは、必ずプラスの力になりますよね。
自分たちらしく子供たちと楽しみたいと思います!
今後ともよろしくお願い致します!
コメントありがとうございます m(_ _)m
これもまた経験ですね。何処でも生きていける。
それは、必ずプラスの力になりますよね。
自分たちらしく子供たちと楽しみたいと思います!
今後ともよろしくお願い致します!
Posted by カズキ at 2014年01月12日 06:10