2013年08月19日
家族で訪れた故郷福島・・・前編
◆家族の大切さが身にしみます。

塙一家は、8月12日から15日にかけて、故郷福島を訪れました。
妻を福島に連れて帰るのは、実に3年ぶり、震災後は初めてです。
今回の帰省の目的は、福島の家族とゆっくり時間を過ごすことと、
妻と一緒に、ご先祖のお墓参りや、被災地などをまわって歩くことでした。
【8月12日】
この日は移動日です。朝方4時ころ信州を出発し、
中央道→長野道→上信越道→関越道→北関東道→東北道と車を走らせます。
(こんなにジャンクション通るんだな)
さすがはお盆休み、東北道へ入ると道が混み始め、
途中、大きな事故により通行止めになってしまいました。
車を走らせること7時間、ようやく実家に辿り着きました。
初日ということもあり、この日はのんびり自宅で過ごします。
夕食は、自分が幼い時から家族で外食というと通っていた、
「レストラン リンカーン」へ・・・。やっぱ美味かったわ(笑)
【8月13日】
二日目は、自分の家族と兄姉の子供達、そして両親といわき市へ向かいました。
子供達に夏の思い出をと言うことで、水族館を目指します。
そしてもう一つの目的が、震災後初めて訪れたあの海沿いの街が、
どのようになっているのか、この目で確かめたかったのです。

(2011年4月)

(2013年8月)
あの山のような瓦礫は無くなっていましたが、
それと引き換えに、あたり一体の更地が目の前に広がっていました。
そんな中、所々新築の家が建っていました。
きっとそこの家の方が、もう一度ここへ住むと決めて建てられたのでしょう。
初めて被災地を訪れた妻の目には、どう映っていたのか。
彼女は、ずっとこの街を見つめていました。

最後に私たちは、この土地にお線香を上げさせてもらい、
亡くなられた方々のご冥福を改めてお祈りいたしました。
この街の復興は、はたしてどこに向かっているのかなと、疑問が湧きました。
近くの海では、サーフィンを楽しんでいる人たちの姿がとても印象的でした。
その後は、子供達と「アクアマリンふくしま」へ行きました。
そこには、県外ナンバーもあり、観光客で大勢の人達が楽しそうにしています。
また、同じ敷地内にある「いわき・ら・ら・ミュウ」には、
鮮魚を扱う市場があります。

こちらも多くの人で賑わっていたものの、
福島県産の魚介類は、店頭に並んでいませんでした。
と言うのも、地元漁協が操業を自粛しているのですね。
いつも楽しみにしていた福島県沖合いで獲れた新鮮な魚たち・・・。
漁師さんたちのことを考えると、とても胸が苦しくなりました。
日が沈む前にいわき市を離れ、地元福島市へと向かいます。
兄貴夫婦と姉が、BBQの準備をして迎えてくれました。
自分の家族は3兄姉です。
各々の子供たち、両親を含めると15人ほどになります。
それはそれはお祭り騒ぎですよ(笑)
こういうゆっくりとした時間が、どれだけ幸せか。
なんかさー、お金じゃ買えない大切なものが、
ここにはギューって詰まってるんですよね。
家族ってさ、言葉なんか必要なくて、ただそこに居てくれるだけで、
「ありがとー」とか「楽しめよー」とか、聞こえてくるんです。
これがオレの家族!力の源なんだ!!!


楽しい時間はあっという間でした。
ずーっとずーっとこうしていたかった・・・。
「家族で訪れた故郷福島」
後編へ続く・・・。
追伸:
このブログは、そば屋開業への道のりのことはもちろん、
自分が考えていること、大切にしていることを綴っています。
東日本大震災があり、自分の生き方や考え方が変わりました。
どうか温かい目で見守って頂ければ幸いです。

塙一家は、8月12日から15日にかけて、故郷福島を訪れました。
妻を福島に連れて帰るのは、実に3年ぶり、震災後は初めてです。
今回の帰省の目的は、福島の家族とゆっくり時間を過ごすことと、
妻と一緒に、ご先祖のお墓参りや、被災地などをまわって歩くことでした。
【8月12日】
この日は移動日です。朝方4時ころ信州を出発し、
中央道→長野道→上信越道→関越道→北関東道→東北道と車を走らせます。
(こんなにジャンクション通るんだな)
さすがはお盆休み、東北道へ入ると道が混み始め、
途中、大きな事故により通行止めになってしまいました。
車を走らせること7時間、ようやく実家に辿り着きました。
初日ということもあり、この日はのんびり自宅で過ごします。
夕食は、自分が幼い時から家族で外食というと通っていた、
「レストラン リンカーン」へ・・・。やっぱ美味かったわ(笑)
【8月13日】
二日目は、自分の家族と兄姉の子供達、そして両親といわき市へ向かいました。
子供達に夏の思い出をと言うことで、水族館を目指します。
そしてもう一つの目的が、震災後初めて訪れたあの海沿いの街が、
どのようになっているのか、この目で確かめたかったのです。

(2011年4月)

(2013年8月)
あの山のような瓦礫は無くなっていましたが、
それと引き換えに、あたり一体の更地が目の前に広がっていました。
そんな中、所々新築の家が建っていました。
きっとそこの家の方が、もう一度ここへ住むと決めて建てられたのでしょう。
初めて被災地を訪れた妻の目には、どう映っていたのか。
彼女は、ずっとこの街を見つめていました。

最後に私たちは、この土地にお線香を上げさせてもらい、
亡くなられた方々のご冥福を改めてお祈りいたしました。
この街の復興は、はたしてどこに向かっているのかなと、疑問が湧きました。
近くの海では、サーフィンを楽しんでいる人たちの姿がとても印象的でした。
その後は、子供達と「アクアマリンふくしま」へ行きました。
そこには、県外ナンバーもあり、観光客で大勢の人達が楽しそうにしています。
また、同じ敷地内にある「いわき・ら・ら・ミュウ」には、
鮮魚を扱う市場があります。

こちらも多くの人で賑わっていたものの、
福島県産の魚介類は、店頭に並んでいませんでした。
と言うのも、地元漁協が操業を自粛しているのですね。
いつも楽しみにしていた福島県沖合いで獲れた新鮮な魚たち・・・。
漁師さんたちのことを考えると、とても胸が苦しくなりました。
日が沈む前にいわき市を離れ、地元福島市へと向かいます。
兄貴夫婦と姉が、BBQの準備をして迎えてくれました。
自分の家族は3兄姉です。
各々の子供たち、両親を含めると15人ほどになります。
それはそれはお祭り騒ぎですよ(笑)
こういうゆっくりとした時間が、どれだけ幸せか。
なんかさー、お金じゃ買えない大切なものが、
ここにはギューって詰まってるんですよね。
家族ってさ、言葉なんか必要なくて、ただそこに居てくれるだけで、
「ありがとー」とか「楽しめよー」とか、聞こえてくるんです。
これがオレの家族!力の源なんだ!!!


楽しい時間はあっという間でした。
ずーっとずーっとこうしていたかった・・・。
「家族で訪れた故郷福島」
後編へ続く・・・。
追伸:
このブログは、そば屋開業への道のりのことはもちろん、
自分が考えていること、大切にしていることを綴っています。
東日本大震災があり、自分の生き方や考え方が変わりました。
どうか温かい目で見守って頂ければ幸いです。