2011年07月10日
「ぬるま湯」につかり過ぎていたかもしれない・・・
『さかっささっかさっか飯坂へ~♪』
今回の目的はもう一つある。
それは、私が長野県で作った仲間に、
故郷福島県を見てもらいたかった。
そこへ付いてきて下さったのが、
「Y田S士」さん(長野の仲間にはバレバレでしょう・・・。)
Y田さんは、ブログでも紹介させてもらった
ワーゲンイベント「八ヶ岳トレッフェン」の代表で、ワーゲンを通して知り合った先輩である。

いつも可愛がって下さり、今回も、
「一人じゃ大変だろうから、付いてってやるよ!」
と言うことで、同行して頂いた。
器の片付けも終わり、慰労も兼ねて温泉へ行く事となった。
私の生まれ故郷は、福島市の【飯坂温泉】。
私達は疲れを癒すため、ひとっ風呂頂きに共同浴場へ向かった。
・・・とその前に、行きつけだったラーメン屋で一杯!!!

本気でうまかった・・(涙)。
『湯温・・45℃の世界』
久しぶりの温泉である。
場所は『鯖湖湯』という共同浴場。
元禄2年(1689年)奥の細道の途中、飯坂に立ち寄った松尾芭蕉が、
湯につかったと伝えられる名湯である。

「熱い・・・。こんなに熱かったか・・・?ここは熱湯コマーシャルか・・・?」
私は長野である意味
『ぬるま湯』につかり過ぎていたかもしれない(笑)。
Y田さんも全身真っ赤になりながら必死だ!!!
温泉から上がり、今度は私の友人が経営している焼き鳥屋で、
一杯飲みに行くこととなった。
『ぶらーり途中下車』
今回は福島県福島市にある私鉄「福島交通」。
福島駅から、飯坂温泉まで約30分で運んでくれる。
通学に使っていた懐かしの電車「いいでん」

(中学時代の後輩が運転手になっていてビックリ!)
今日は、長野からお越しのY田さんを乗せ、福島の繁華街までぶらーり途中下車♪
親友の店『串焼き こころ』

いつもありがとう!
親父も参入!そこへ同級生も参入!
美味しい焼き鳥に、日本酒・・・。
いったい何合飲んだであろうか・・・(笑)
Y田さんも楽しんで頂いたようで、
夜な夜な飲み明かしたのは言うまでも無い・・・。
追記:
大震災から2ヶ月半が経っていた。未だに原発問題は解決していない。
放射能もこの街まで届いているだろう。
しかし、福島市の街は元気だった。
長野県より活気があった。
それは、今まで溜まっていた憂さ晴らしかもしれない。
だが、福島市民は諦めていない。
周りから人が来ないなら、内側から元気を作る!
自分も含め、今も被害が続いているということを、決して忘れてはならない。
次回予告:
『お店の名前を発表します!!!』
こうご期待!!!
今回の目的はもう一つある。
それは、私が長野県で作った仲間に、
故郷福島県を見てもらいたかった。
そこへ付いてきて下さったのが、
「Y田S士」さん(長野の仲間にはバレバレでしょう・・・。)
Y田さんは、ブログでも紹介させてもらった
ワーゲンイベント「八ヶ岳トレッフェン」の代表で、ワーゲンを通して知り合った先輩である。

いつも可愛がって下さり、今回も、
「一人じゃ大変だろうから、付いてってやるよ!」
と言うことで、同行して頂いた。
器の片付けも終わり、慰労も兼ねて温泉へ行く事となった。
私の生まれ故郷は、福島市の【飯坂温泉】。
私達は疲れを癒すため、ひとっ風呂頂きに共同浴場へ向かった。
・・・とその前に、行きつけだったラーメン屋で一杯!!!

本気でうまかった・・(涙)。
『湯温・・45℃の世界』
久しぶりの温泉である。
場所は『鯖湖湯』という共同浴場。
元禄2年(1689年)奥の細道の途中、飯坂に立ち寄った松尾芭蕉が、
湯につかったと伝えられる名湯である。

「熱い・・・。こんなに熱かったか・・・?ここは熱湯コマーシャルか・・・?」
私は長野である意味
『ぬるま湯』につかり過ぎていたかもしれない(笑)。
Y田さんも全身真っ赤になりながら必死だ!!!
温泉から上がり、今度は私の友人が経営している焼き鳥屋で、
一杯飲みに行くこととなった。
『ぶらーり途中下車』
今回は福島県福島市にある私鉄「福島交通」。
福島駅から、飯坂温泉まで約30分で運んでくれる。
通学に使っていた懐かしの電車「いいでん」
(中学時代の後輩が運転手になっていてビックリ!)
今日は、長野からお越しのY田さんを乗せ、福島の繁華街までぶらーり途中下車♪
親友の店『串焼き こころ』
いつもありがとう!
親父も参入!そこへ同級生も参入!
美味しい焼き鳥に、日本酒・・・。
いったい何合飲んだであろうか・・・(笑)
Y田さんも楽しんで頂いたようで、
夜な夜な飲み明かしたのは言うまでも無い・・・。
追記:
大震災から2ヶ月半が経っていた。未だに原発問題は解決していない。
放射能もこの街まで届いているだろう。
しかし、福島市の街は元気だった。
長野県より活気があった。
それは、今まで溜まっていた憂さ晴らしかもしれない。
だが、福島市民は諦めていない。
周りから人が来ないなら、内側から元気を作る!
自分も含め、今も被害が続いているということを、決して忘れてはならない。
次回予告:
『お店の名前を発表します!!!』
こうご期待!!!