2011年07月13日
お店の名前を発表します!
『私は決めていたことがある』
Y田さんとのドンちゃん騒ぎの翌日。
今日は長野に帰る日である。
私は、改めて木鶏に寄らせてもらった。
私には想いがある。
それは、ずっと昔から想っていた事でもある。
私が長野に行くと決めた時、
親方は、木鶏の2号店を考えて下さっていた。
私が長野に行って、結婚をした時、
今のお店をやらないか?と言って下さった。
親方が、お店をたたんだ時、
周りの人から、店を継いだらどうだと・・・。
そうやって言って下さることが、本当に有難かった。
故郷の福島へ帰ろうと思った事もある。
しかし、私は福島に帰らなかった。
「私は決めていたことがある」
ゼロから築いていった長野県でチャレンジしたい!
あんなにどうしようもなかった男でも、やれば出来ることを証明したい!
遠く離れた土地で頑張っている自分の姿を見てもらいたい!
私は地元にいると甘えてしまう。それが怖かったのも一つである。
『木鶏とは・・・』
木鶏(もっけい)とは、荘子(達生篇)に収められている故事に由来する言葉で、木彫りの鶏のように全く動じない闘鶏における最強の状態をさす。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
詳細は:以前のブログより
そば屋の修業~【川俣シャモ料理と手打ちそば・木鶏】~
http://ichigoichienococoro.naganoblog.jp/e751895.html
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
どんな時でも動じない。
その様を木鶏に例えている。
私は、ずっと昔から、独立をするときに考えていたことがある。
私もその境地へ進みたい。木鶏を目指して、そば屋を続けていきたい。
並大抵のことではない。今の私は、周りの声ばかり気にするところもある。
反省することばかりだった。
今回の開業についても、多々あった。
しかし、それでは何も進まない。何も始まらない。そして・・・周りを気にしすぎては、
『自分じゃなくなってしまう』
と言うこと。
これは、周りの意見を聞かないという意味ではない。
周りに言われて、それを上手に吸収して、
自分のものにしていく。
自分の信念を作り上げていく。
中々難しいのだが・・・。
私は親方にお願いしたのだ・・・。
『木鶏の名前を自分のお店に使わせて下さい!』
その言葉に、親方は笑顔でうなずいた。
親方「名前は自由に使えば良い。カズキが木鶏に成れるかどうかだがな。(笑)
カズキはカズキの木鶏を探せば良い。残念だが、俺には出来なかったからな・・・。」
そして隣にいた女将さんは、泣きながら喜んで下さった。
「カズキ君ありがとう。嬉しいわよ。ただ絶対に気持ちだけは負けちゃダメよ!」
「絶対にやり遂げる『覚悟』を忘れないように!』
私も嬉しかった。泣けてしまう。
こうやって想いが繋がっていけること。
私は親方と女将さんの想いも大切にして
私なりの【木鶏】を目指す。
時間はかかるかもしれないが、始めから出来る人間はいない。
みんな始めはゼロからだから。
大事なのは、始めること。
最後に、親方から、長年使用してきた「木鶏」の暖簾をいただいた。
これで私のお店の名前が決まった。
『自家製粉十割そば 木鶏(もっけい)』
どうぞ宜しくお願いします。
追記:
全て予定していたことを済ませ、
私とY田さんは長野県に帰る。
ちょうど台風が来て、道路は土砂降り・・・
Y田さんには本当に感謝している。
一人では、精神的にも、肉体的にも辛かったと思う。
帰りの車内では、色んな事を話が出来た。
こんなにゆっくり話をしたのは、初めてかもしれない。
いつも、飲んでいるけれど(笑)
いつも冷静に自分を見ていてくれる。
「あー長野県でも、こういう先輩が出来たんだなー!」
私は改めて幸せを感じた。
想いがあれば、人は繋がる。
一期一会に感謝・・・。

バスの後ろはパンパン・・・(^_^;)
Y田さんとのドンちゃん騒ぎの翌日。
今日は長野に帰る日である。
私は、改めて木鶏に寄らせてもらった。
私には想いがある。
それは、ずっと昔から想っていた事でもある。
私が長野に行くと決めた時、
親方は、木鶏の2号店を考えて下さっていた。
私が長野に行って、結婚をした時、
今のお店をやらないか?と言って下さった。
親方が、お店をたたんだ時、
周りの人から、店を継いだらどうだと・・・。
そうやって言って下さることが、本当に有難かった。
故郷の福島へ帰ろうと思った事もある。
しかし、私は福島に帰らなかった。
「私は決めていたことがある」
ゼロから築いていった長野県でチャレンジしたい!
あんなにどうしようもなかった男でも、やれば出来ることを証明したい!
遠く離れた土地で頑張っている自分の姿を見てもらいたい!
私は地元にいると甘えてしまう。それが怖かったのも一つである。
『木鶏とは・・・』
木鶏(もっけい)とは、荘子(達生篇)に収められている故事に由来する言葉で、木彫りの鶏のように全く動じない闘鶏における最強の状態をさす。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
詳細は:以前のブログより
そば屋の修業~【川俣シャモ料理と手打ちそば・木鶏】~
http://ichigoichienococoro.naganoblog.jp/e751895.html
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
どんな時でも動じない。
その様を木鶏に例えている。
私は、ずっと昔から、独立をするときに考えていたことがある。
私もその境地へ進みたい。木鶏を目指して、そば屋を続けていきたい。
並大抵のことではない。今の私は、周りの声ばかり気にするところもある。
反省することばかりだった。
今回の開業についても、多々あった。
しかし、それでは何も進まない。何も始まらない。そして・・・周りを気にしすぎては、
『自分じゃなくなってしまう』
と言うこと。
これは、周りの意見を聞かないという意味ではない。
周りに言われて、それを上手に吸収して、
自分のものにしていく。
自分の信念を作り上げていく。
中々難しいのだが・・・。
私は親方にお願いしたのだ・・・。
『木鶏の名前を自分のお店に使わせて下さい!』
その言葉に、親方は笑顔でうなずいた。
親方「名前は自由に使えば良い。カズキが木鶏に成れるかどうかだがな。(笑)
カズキはカズキの木鶏を探せば良い。残念だが、俺には出来なかったからな・・・。」
そして隣にいた女将さんは、泣きながら喜んで下さった。
「カズキ君ありがとう。嬉しいわよ。ただ絶対に気持ちだけは負けちゃダメよ!」
「絶対にやり遂げる『覚悟』を忘れないように!』
私も嬉しかった。泣けてしまう。
こうやって想いが繋がっていけること。
私は親方と女将さんの想いも大切にして
私なりの【木鶏】を目指す。
時間はかかるかもしれないが、始めから出来る人間はいない。
みんな始めはゼロからだから。
大事なのは、始めること。
最後に、親方から、長年使用してきた「木鶏」の暖簾をいただいた。
これで私のお店の名前が決まった。
『自家製粉十割そば 木鶏(もっけい)』
どうぞ宜しくお願いします。
追記:
全て予定していたことを済ませ、
私とY田さんは長野県に帰る。
ちょうど台風が来て、道路は土砂降り・・・
Y田さんには本当に感謝している。
一人では、精神的にも、肉体的にも辛かったと思う。
帰りの車内では、色んな事を話が出来た。
こんなにゆっくり話をしたのは、初めてかもしれない。
いつも、飲んでいるけれど(笑)
いつも冷静に自分を見ていてくれる。
「あー長野県でも、こういう先輩が出来たんだなー!」
私は改めて幸せを感じた。
想いがあれば、人は繋がる。
一期一会に感謝・・・。
バスの後ろはパンパン・・・(^_^;)