2013年03月19日
『30年後の福島へ』~タイムカプセルの巻
◆30年後に残すもの・・・

2013年3月11日・・・
東日本大震災から、丸二年を迎えるこの日。
「つなぐ」30年後の福島へ~
1人の1000歩より1000人の1歩
最後の締めくくりがあります。
それは、タイムカプセルを埋設し、
30年後へメッセージを残そうというものです。
今回の東日本大震災は、歴史的な大惨事です。
きっと歴史の教科書に残ることでしょう。
しかし、私たちが第二次世界大戦のことなど、
教科書から得られた知識だけでは、伝わらないものがたくさんあります。
その当時の人々の想い、何が起きていたのか、どんな人たちがいたのか、
どんな考え方をしていたのかなど、心の温度までは感じないのです。
そこで今回の東日本大震災から2年を迎えたこの日に、
自分たちの想いを、未来へ残そうとしたのです。
私がタイムカプセルに入れたものは、蕎麦打ちをするときに必ず着ていたシャツです。
このシャツは、私が福島から長野に移り住んだ時、お世話になった蕎麦屋の親方から頂いたものです。
これを着て、何度も何度も蕎麦打ちをしました。何度も何度も蕎麦会も開きました。
そのたびに、たくさんのパワーを頂いていたのです。
その大事なシャツを、30年後の「2041年3月11日」までタイムカプセルに託しました。
30年後は、ちょうど私が還暦を迎えます。そうしたらまた、そのシャツを還暦祝いで着てみたいと思います。
【シャツをタイムカプセルに入れる瞬間の動画は⇒「ここをクリック」】

◆東日本大震災追悼式
タイムカプセルの準備が整ったところで、追悼式典が始まります。
宮司さんにも来て頂き、みんなで祈りを捧げます。

【追悼式の動画は⇒「ここをクリック」】
その後、あの記憶がよみがえる時刻、2013年3月11日14時46分・・・。
東日本大震災で亡くなられた方々に黙祷を捧げました。
自然と涙が止まらなくて、時刻と同時に近くの学校からはサイレンが鳴り、
その音がさらに悲しさを深めました。
死者約16000人、行方不明者約2700人・・・。
未だに家族のもとへ帰れない仏さまもいらっしゃいます。
避難者の数は、31万人と多くの方が不自由な生活をされています。
そして福島県に関しては、原発事故の影響で、
自宅に帰れる見込みのない方々も、たくさんいらっしゃいます。
このことを忘れていいのでしょうか?同じ日本で起きていることです。
押し付けるようなことは言いたくありませんが、ぜひ心に留めて頂きたいです。
【黙祷の動画は⇒「ここをクリック」】
追悼式が終わり、最後に各県を代表して、それぞれの想いを語りました。
【動画は⇒「ここをクリック」】
いよいよタイムカプセルの埋設です。



次に逢えるのは、震災から30年後の「2041年3月11日」です。
全国の皆さんの想いが詰まったタイムカプセルは、こうして無事に埋設されました。
立派に建てられた石碑には、こう刻まれています。
【全国の協賛を頂いた皆様の想い 長野県松本市「支援部隊みらい」 福島県伊達市「復興支援団体しきだん会」・・・】

しきだん会さん、心遣いをありがとう。
未来は自分たちで創るんだ。
「1人の1000歩より1000人の1歩」
このイベントを通じて、改めて多くのことに気付かされました。
人と人の繋がりの素晴らしさ、そして力強さも実感できました。
一人じゃできないことも、みんなとならきっとやりきることができる。
まさに、1000人の1歩のスタートラインを歩み始めることができた気がします。
今回のイベントにご協力頂いた全国の皆様、
本当にありがとうございました。
「感謝」の言葉しか思い浮かびません。
この場をお借りしてお礼を申し上げます。
これからも、私たちを温かく見守って下さい。
自己満足にならぬよう、意味のある活動を私たちは続けていきます。
この素晴らしい仲間たちとともに・・・。

◆各メディア様に感謝いたします。
この福島のイベントの開催にあたり、
信州からわざわざ同行取材をして頂けました。
「市民タイムス 小岩井記者」
三回にわたり、掲載して頂き、誠にありがとうございました。
記者として、また仲間として、今後とも宜しくお願い致します。
◆3/10 掲載記事

◆3/11 掲載記事

◆3/12 掲載記事

「松本タウン情報 松尾記者 小松記者」
松尾記者、この度は急なお誘いにご対応して頂き、誠にありがとうございます。
一緒に飯坂温泉に入ったことは、忘れません!
小松記者、勇気を出してワーゲンバスに乗ってくれてありがとうございます。
一緒に過ごせた時間は、きっと忘れられないものになると思います!
◆3/12 掲載記事

「長野放送 取材クルーの皆さま」
実は、長野からテレビ局の取材が入っていました。
3日間という長きにわたり、密着取材をして下さいました。
放送日は、3月中に特集枠で放送して下さるみたいです。
3日間、本当にありがとうございます。
(写真は取材を受ける支援部隊みらい鈴木麦穂)

≪次回予告≫
新たな目標をお伝え致します。

2013年3月11日・・・
東日本大震災から、丸二年を迎えるこの日。
「つなぐ」30年後の福島へ~
1人の1000歩より1000人の1歩
最後の締めくくりがあります。
それは、タイムカプセルを埋設し、
30年後へメッセージを残そうというものです。
今回の東日本大震災は、歴史的な大惨事です。
きっと歴史の教科書に残ることでしょう。
しかし、私たちが第二次世界大戦のことなど、
教科書から得られた知識だけでは、伝わらないものがたくさんあります。
その当時の人々の想い、何が起きていたのか、どんな人たちがいたのか、
どんな考え方をしていたのかなど、心の温度までは感じないのです。
そこで今回の東日本大震災から2年を迎えたこの日に、
自分たちの想いを、未来へ残そうとしたのです。
私がタイムカプセルに入れたものは、蕎麦打ちをするときに必ず着ていたシャツです。
このシャツは、私が福島から長野に移り住んだ時、お世話になった蕎麦屋の親方から頂いたものです。
これを着て、何度も何度も蕎麦打ちをしました。何度も何度も蕎麦会も開きました。
そのたびに、たくさんのパワーを頂いていたのです。
その大事なシャツを、30年後の「2041年3月11日」までタイムカプセルに託しました。
30年後は、ちょうど私が還暦を迎えます。そうしたらまた、そのシャツを還暦祝いで着てみたいと思います。
【シャツをタイムカプセルに入れる瞬間の動画は⇒「ここをクリック」】

◆東日本大震災追悼式
タイムカプセルの準備が整ったところで、追悼式典が始まります。
宮司さんにも来て頂き、みんなで祈りを捧げます。

【追悼式の動画は⇒「ここをクリック」】
その後、あの記憶がよみがえる時刻、2013年3月11日14時46分・・・。
東日本大震災で亡くなられた方々に黙祷を捧げました。
自然と涙が止まらなくて、時刻と同時に近くの学校からはサイレンが鳴り、
その音がさらに悲しさを深めました。
死者約16000人、行方不明者約2700人・・・。
未だに家族のもとへ帰れない仏さまもいらっしゃいます。
避難者の数は、31万人と多くの方が不自由な生活をされています。
そして福島県に関しては、原発事故の影響で、
自宅に帰れる見込みのない方々も、たくさんいらっしゃいます。
このことを忘れていいのでしょうか?同じ日本で起きていることです。
押し付けるようなことは言いたくありませんが、ぜひ心に留めて頂きたいです。
【黙祷の動画は⇒「ここをクリック」】
追悼式が終わり、最後に各県を代表して、それぞれの想いを語りました。
【動画は⇒「ここをクリック」】
いよいよタイムカプセルの埋設です。



次に逢えるのは、震災から30年後の「2041年3月11日」です。
全国の皆さんの想いが詰まったタイムカプセルは、こうして無事に埋設されました。
立派に建てられた石碑には、こう刻まれています。
【全国の協賛を頂いた皆様の想い 長野県松本市「支援部隊みらい」 福島県伊達市「復興支援団体しきだん会」・・・】

しきだん会さん、心遣いをありがとう。
未来は自分たちで創るんだ。
「1人の1000歩より1000人の1歩」
このイベントを通じて、改めて多くのことに気付かされました。
人と人の繋がりの素晴らしさ、そして力強さも実感できました。
一人じゃできないことも、みんなとならきっとやりきることができる。
まさに、1000人の1歩のスタートラインを歩み始めることができた気がします。
今回のイベントにご協力頂いた全国の皆様、
本当にありがとうございました。
「感謝」の言葉しか思い浮かびません。
この場をお借りしてお礼を申し上げます。
これからも、私たちを温かく見守って下さい。
自己満足にならぬよう、意味のある活動を私たちは続けていきます。
この素晴らしい仲間たちとともに・・・。

◆各メディア様に感謝いたします。
この福島のイベントの開催にあたり、
信州からわざわざ同行取材をして頂けました。
「市民タイムス 小岩井記者」
三回にわたり、掲載して頂き、誠にありがとうございました。
記者として、また仲間として、今後とも宜しくお願い致します。
◆3/10 掲載記事

◆3/11 掲載記事

◆3/12 掲載記事

「松本タウン情報 松尾記者 小松記者」
松尾記者、この度は急なお誘いにご対応して頂き、誠にありがとうございます。
一緒に飯坂温泉に入ったことは、忘れません!
小松記者、勇気を出してワーゲンバスに乗ってくれてありがとうございます。
一緒に過ごせた時間は、きっと忘れられないものになると思います!
◆3/12 掲載記事
「長野放送 取材クルーの皆さま」
実は、長野からテレビ局の取材が入っていました。
3日間という長きにわたり、密着取材をして下さいました。
放送日は、3月中に特集枠で放送して下さるみたいです。
3日間、本当にありがとうございます。
(写真は取材を受ける支援部隊みらい鈴木麦穂)

≪次回予告≫
新たな目標をお伝え致します。